(jueves, 18 de mayo 2023)
2022年11月2日(水) マチネ/ソワレ
東京 座・高円寺2
文/金子功子
Texto por Noriko Kaneko
写真/川島浩之
Foto por Hiroyuki Kawashima
一昨年前の初演で大きな好評を博した、フラメンコ舞踊家大沼由紀による舞踊公演「音の旅人」が再び上演されることになった。前回はまだコロナ禍による感染防止対策のため厳しい人数制限が設けられていたこともあり、その再演を望む声が多く寄せられたことを受け、この度再演を決めたという。
また、前作では彼女の内から湧き上がる思いのままを踊り、語り、歌うことで舞台を構成したが、今回は新たに歌い手を加えることで、その声がまた違う風景をもたらすことへの期待を込めている。
旅の始まりの曲はヘレスのカンタオール、エル・チョサのロマンセ。一人のキリスト教徒(クリスティアーノ)の男が、イスラム教徒であるモーロ人の街でさらってきた娘が、実は幼い頃にモーロ人にさらわれた実の妹だったという物語り歌だ。歌の世界がより伝わるように、歌詞を登場人物の台詞による一人芝居仕立てにし、ストーリーを日本語で伝えながら、フラメンコのリズムを損なわないようスペイン語で語り歌い、そのロマンセの情景を表現した、と大沼は言う。さらった娘とともに馬で旅する途中で、二人はウリアという山に着き、そこで男は娘が実の妹だと気づく。そして音楽はロマンセから、山の唄であるセラーナへと引き継がれていく。“Me voy llorando...”と歌い出す小松の歌声が、音の風景に新たな色を添える。
次のシーンは、チェロと踊りの完全即興、インプロビサード。山の唄を全身に取り入れて、音楽家と舞踊家は何を表現するのか。実験的であり、挑戦的な趣向。「セラーナを受けて、チェロが奏でる最初の一音はどんなだろう?リハーサルでも、2回の本番でも、いつもワクワクしていました」と大沼は振り返る。下島のチェロの息遣いに耳を澄ませ、その旋律に反応し、自身の四肢とその足音でチェロと対話する。小刻みな音にも伸びやかな音にも全身で寄り添い、それはフラメンコという枠から溢れ出る、純粋で自由な舞い。
音の旅は、パリージャ・デ・ヘレス作曲のファンタシィア・ポル・ブレリアへ。ファンタシィアとは幻想・空想という意味。西井、小谷野、三四郎が奏でる、3拍子の幻想的なギターのメロディーとパルマのリズムを楽しむように、たっぷりのボランテを縫い付けた大きな布を翻しながら踊る姿は、森の中を駆け抜ける風になって戯れているかのようだ。
旅は詩の朗読によって、トゥリアナ、アルカラ、ウトレラというソレアを抱く街へ。かつての英雄、闘牛士クーロ・ロメーロを讃え、セビージャの闘牛場へと誘われる。
そしてセビージャから、ヘレスの街へ。これは大沼自身の旅だという。ヘレスにたどり着くと、そこでボデガ(シェリー酒の酒蔵)の事や、アグヘータ、モネオ、ルビチといった名門の歌い手の事、そして大沼が愛してやまないエル・チョサの歌について語りだす。上手側の切り株に座り、心を込めて彼のソレアを歌う。その歌を全身に湛えると、自身の内側から溢れてくるソレアを無音の中で踊り始める。正確なコンパスを内面に刻みながら、一心に踊るその姿はまさに音楽であった。
音の旅はそこからフラメンコの深い所へと進んでいき、シギリージャへ。チェロの重低音の音色に合わせて大沼が歌い、ギターやパルマの伴奏になるとファルセータを踊りエスコビージャを奏でる。そこにチェロが重なり、カンテも重なり、重層的な音の世界が広がる。曲の最後はマチョではなく、カバーレスが歌われたが、それについて大沼は「私にはカバルの音は、暗闇から光、というように感じる」のだと語った。最後に舞台は明るくなり、満ち足りた時間に包まれていた。
そして、鳥のさえずりとともに、舞台は赤らみ夜明けを迎える。素朴な白のワンピース姿の大沼が、片手に麦穂を抱えて現れる。トゥリージャを歌いながら、ゆったりと歩いていく。ラストの曲にトゥリージャを選んだ理由について、大沼は「それまでの旅はまるで幻だったのか?と言うようなシーンにしたかったから」と語った。パリージャのファンタシィア・ポル・ブレリアで誘われたファンタジーの森ではなく、土の匂いや風の音が感じられる現実の大地。これまでの旅はすべて夢の中の出来事であり、目が覚めたらいつもの麦畑でロバが鳴いている―――そんなイメージだと教えてくれた。
前作よりもさらに深められ、また新たな音を加えて様々な景色を見せてくれた大沼の音の旅。彼女の内なる旅は、自身が描く地図を道標に、これからも続いていくだろう。そしてまたいつの日か、音の旅人は私たちに新たな風景を見せに来てくれるかもしれない。
【出演】
[踊り] 大沼由紀
[ギター] 西井つよし
[パルマ] 三四郎/小谷野宏司
[歌] 小松美保
[チェロ] 下島万乃
[振付・構成] 大沼由紀
[演出] 佐藤浩希
【大沼由紀公式サイト】
>>>>>