(sábado, 13 de abril 2024)
2023年11月2・3日
東京芸術劇場シアターウエスト(東京・池袋)
写真/大森有起
Fotos por Yuki Omori
文/金子功子
Texto por Noriko Kaneko
日本フラメンコ界を代表する舞踊家のひとり、小島章司の劇場公演が2日間にわたり上演された。チケットは早々に完売し両日とも満員。客席にはフラメンコ愛好家の大人たちに混ざって、共演の北原志穂が指導する子供たちのグループも何組か見受けられた
公演名の『美は涙の海から』は、劇作家であり歌人の寺山修司氏の「涙は人間のつくることのできる一番小さな海です」という言葉から着想を得る。プログラムのあいさつ文の中で小島は「私が体験してきたたくさんの出来事や影響を受けた様々な事象を鑑み、それに依って心に深く刻印された心象を舞踊言語に置き換え深めていくという行為を作品に込めたい」と綴っている。
バッハの『無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調』から舞台は始まる。敬愛する往年の名チェリスト、パウ・カザルスの演奏を通じてバッハの作品に触れてきたという小島の、カザルスへの思いを捧げる一曲。
マルティンの奏でるチェロの音色は海の凪のようでもあり、深海の世界をも想起させる。全てを慈しみ包み込むような重低音の響き。そこにギター、パルマ、カホンが加わり、フラメンコの彩りと音楽の厚みを与える。贅沢な五重奏のプロローグ。
小島と北原のパレハによる『赤い靴の少女の思い出』は、まだ小学生だった頃から小島に師事した彼女の、フラメンコの第一歩を踏み始めたその心象風景を表現する作品。
曲はカーニャ。向かい合う二人。小島がゆったりしたサパテアードを刻むと、北島が同じようにサパテアードで答える。続いて小島が少し複雑な足技を見せると、北島もその足技を繰り返す。そうやって少しずつ足の音数が増えリズムが複雑になっていく。その様子は個人レッスンのようで微笑ましい。
小島の踊りの充実ぶりは健在で、北原も師と同じ呼吸とリズムを感じながら寄り添うように踊る。そのうれしそうに見つめ合う姿から、久しぶりの師弟共演の喜びが伝わる。
そしてガルシア・ロルカの詩の朗唱。作品は『タマリット詩集』より「仄暗い死のガセーラ」。小島は椅子を後ろ向きにして、舞台の中央に置くと、その椅子の背にもたれてまたがるように座る。北原は黒の薄いベールのようなショールをまとって登場。ギター演奏の中、小島が詩を朗読し、北原が舞う。暗くも美しく神秘的で、今は亡きものたちへの小島の思いが舞台に広がる。
ミュージシャンらによる『間奏曲』で、作品の流れが展開する。
ギターが音楽の核となり、二人のカンテやチェロ、パーカッションの素晴らしいパフォーマンスが繰り広げられる。しっとりした曲調から一転アップテンポのルンバへと変化すると、チェロのパーカッシブな指弾きも入り、ギターソロもチェロのソロもノリノリのグルーヴ感溢れるテンション。命の喜びに溢れる一幕だ。
続いて、声楽家の上野富紀翁(ときお)による独唱。曲はスペインを代表する作曲家、マヌエル・デ・ファリャの歌曲『スペインの7つの古謡』から最終曲の「ポロ」。彼はスペイン音楽のコンクール出場にあたりスペイン歌曲などを小島に師事、優勝を果たした。そして今回がデビューの舞台だという。力強く張りのある声で堂々と歌い、才能ある若者の輝かしい未来を期待させる。
そして舞台はそれぞれのバイレソロへ。北原はアレグリアス。青いマントンを翻し、小柄ながらダイナミックに舞う姿は勢いがある。姿勢も美しく、手首の柔らかさがいい。踊り終えると、場内から盛大な拍手が上がった。
小島はシギリージャス・イ・マルティネーテ。漆黒の世界へと観客を誘う。
チクエロのギターサリーダからロンドロの歌。速めのミドルテンポの音楽を、たゆたうようなギターと表現豊かなカホンのリズムが彩る。上手側からダビが登場し、ややダミがかった野性的な歌声を響かせる。
舞台中央に立つ小島は気迫に満ち、力強さと繊細さが共存するサパテアードを打つ。いぶし銀の味わいと、内にみなぎる命のエネルギーに凄みすら感じる。踊り手としての尽きない情熱と並外れた集中力は、まさに生涯現役を貫く小島の強い意志の表れだ。
終演あいさつの後のブレリアでは温かい雰囲気の中、共演者に囲まれ北原と共に踊る姿は心から楽しそうだった。
素晴らしいミュージシャンらに支えられ、一貫して彩り豊かな音楽が流れていた今回の作品。休憩無しの約1時間10分、一つの大きな作品世界に包まれた至福の時間であった。
【出演】
小島章司(踊り/作・構成・演出)
北原志穂(踊り)
チクエロ(ギター/音楽監督)
エル・ロンドロ(カンテ)
ダビ・ラゴス(カンテ)
マルティン・メレンデス(チェロ)
ペドロ・ナバーロ(パーカッション)
上野富紀翁(声楽)
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