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新・フラメンコのあした vol.24

  • norique
  • 2月1日
  • 読了時間: 5分

更新日:2月7日

(sábado, 1 de febrero 2025)

 

20年以上にわたりスペインで活動するジャーナリスト東敬子が、今気になるスペインフラメンコのあれこれを毎月お届けします。

今月は、昨年10月から11月にマドリードで開催された「スマ・フラメンカ2024」フェスティバルで上演されたカンタオール、イスラエル・フェルナンデスの公演についてのリポートです。

 

イスラエル・フェルナンデス

『エル・ガジョ・アスール』

スマ・フラメンカ フェスティバル

カナル劇場・赤の間、マドリード、スペイン

2024年11月2日

 

Israel Fernández,

“El Gallo Azul”,

Festival Suma Flamenca de Madrid

Teatros del Canal (Sala Roja), Madrid, España.

2 de noviembre 2024

 

文:東 敬子

画像:宣伝素材 

 

Texto: Keiko Higashi

Fotos: Promoción

2502東_Israel fernandez & Diego del Morao
(写真左から)イスラエル・フェルナンデス、ディエゴ・デル・モラオ

 スーツをピシッと着こなし、わさわさの巻き毛を揺らして登場した長身のカンタオールは、ヒターノらしいその声と仕草でマラゲーニャを歌い上げると、まるでやっと気づいたかのように客席を一瞥し、その割れんばかりの喝采に一礼を贈りました。

 

 この堂々とした、こ慣れた所作を見て、私は驚きを隠せませんでした。私がイスラエルに初めて取材したのは彼がまだ10代の時で、ごく普通のおとなしげな男の子だった彼を、お父さんが横で一所懸命サポートしていたのを覚えています。それからずっと、名前を目にする度に「頑張っているかなあ」と心で応援していましたが、コロナで業界が一時停止してしまったこともあり、しばらく彼の活動に触れないまま、今回のコンサートに足を運んだのでした。

 

 もう行く前から、「カナル劇場の赤の間って、どういうこと?」と面を食らっていたのですが(この劇場には3つの会場があり、赤の間が一番大きいんです)、ステージに出てきただけで大喝采、曲を歌い終わる度に「ブラボー」の嵐なんて、想像もしていなかったので、何だか一人だけ「流行に乗り遅れている人」のような置いてけぼり感でした。

 

 まあ、カンタオールが急にスターダムにのし上がるというのは、スペインではそんなに珍しいことではありません。ただ、彼の凄いところは、大衆ウケする曲で人気が出た訳ではないというところです。

 

 古くはカマロン。あの天才もルンバでヒット曲を出したからこそ、フラメンコの外の人たちにもアピールできました。ミゲル・ポベダが国民的歌手となったのも、コプラのアルバムがきっかけでした。エル・シガーラもボレロのアルバムで。近いところで言えば、カンタオーラ・ロサリアの世界進出も、若い世代にアピールする超現代的アレンジとSNSがなければ成し得なかった。

 

 イスラエルの楽曲のPVを観ると、一年以内で百万回再生に達したものはやはりルンバやブレリアですが、前記したアーティストのように他ジャンルを取り入れたわけでもなく、ごく普通のルンバやブレリアでそれを成し遂げた訳です。テレビのバラエティで歌うときなんかはもういきなりギター一本でファンダンゴやソレアですからね。それで人気急上昇というのは、フラメンコって古臭いとか、ダサいとかいう先入観なしに、一つのジャンルとして受け入れる、だからこそ伝統的なスタイルを好む若い世代が増えた結果なのだと思います。やる方も観る方も、世代交代が進み新しい時代に突入していることをひしひしと感じました。またこれは、ディエゴ・エル・シガーラ以来しばらく空席だった「ヒターノのカンタオールのスター」をみんなが求めていた証でもあると思います。「待ってました!」と言う感じ。


2502東_Israel fernandez

  さて当夜は、『エル・ガジョ・アスール』というタイトルが示唆する通り、ヘレスのカンテに捧げた一夜で、当地が誇るコンパスの魔術師ディエゴ・デル・モラオのギター、アネ・カラスコ、ピルーロ、マルコス・カルピオのリズム隊と共に、チャコンのマラゲーニャの後は、モハーマのソレアとタランタ、そしてティエントス、ブレリア・ポル・ソレア、シギリージャ、ファンダンゴ、パケーラに捧げるブレリアと、自分のスタイルに落とし込んだヘレスのカンテを観客に披露しました。

 

 46歳となったディエゴ・デル・モラオのギターは、すでに貫禄すら漂わせる音で、今が一番脂が乗っている時期だなと実感しました。心躍る響にも、その奥底には人生の機微が表現されている。辛いことがあるからこそ、それを乗り越えた喜びが輝くと言うように。実はイスラエルのカンテには、ここが足りないんですよね。カンタオールとしての資質は充分過ぎるほどなんだけど、あまりに素直すぎる。深く落ちていく様なリアリティが欠けている。


 でもそれは、これからの人生で実体験が増えるごとに、加えていける色なのだと思います。だから、フラメンコ識者や評論家が、たとえそこに不満を抱いたとしても、まだ若い彼の可能性にケチをつけるのは、私は違うと思うのです。観客が盛り上がっているのだから、一緒にこのパーティに参加しましょう。とりあえずフラメンコ識者のおじさんたちも、新しい時代に乗り遅れないように。うんちくは、またそれからね。

 


【筆者プロフィール】

東 敬子 (ひがし けいこ)/フラメンコ及びスペインカルチャーのジャーナリストとして、1999年よりマドリード(スペイン)に在住し執筆活動を続ける。スペインに特化したサイト thespanishwhiskers.comを主宰。

 

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